上智大学国文学会2023年度冬季大会のご案内

冬季大会は、盛況のうちに終了しました。Zoomによるオンライン開催でしたが、海外(アメリカ、中国)在住の学会員にもご参加いただくことができました。

 今大会は、全てzoomによるオンラインで開催いたします。参加をご希望の方は、以下のフォームよりお申し込み下さい。開催が近くなりましたらzoom ID、パスコードをお知らせします。どうぞ奮ってご参加ください。

申し込みフォーム(締め切り1月17日(水)23:59)→https://forms.gle/h2LgHSGYVFusiDWK7

【開催日時】2024年1月20日(土) 午後1時30分開始  

[第1部 研究発表](午後1時30分~3時40分) 

〇『遊仙窟』四古抄本における口語の理解度の調査の試み

   上智大学国文学専攻博士後期  石 璽彦

〇本居春庭の活用論再考

   鶴見大学准教授 遠藤佳那子

〇久保田万太郎「ふゆぞら」論―虚子と鏡花を補助線に― 

   上智大学文学部助教 福井 拓也      

 休憩 20分間

[第2部 実践報告](午後4時~5時30分) 

上智大学の全学共通科目―「思考と表現」領域の取り組み

 司会  服部 隆 (上智大学文学部教授)

一、報告

・上智大学の基盤教育と「思考と表現」領域の取り組み   服部 隆

・必修科目「思考と表現」の目標と課題

   中野 遙 (上智大学基盤教育センター特任助教)

   斉藤 みか(上智大学基盤教育センター特任助教)

二、報告者相互および会場からの質問

上智大学国文学会 電話・FAX 03-3238-3637   jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp

上智大学国文学会2023年度冬季大会 研究発表要旨・実践報告概要

研究発表要旨

『遊仙窟』四古抄本における口語の理解度の調査の試み

   上智大学大学院国文学専攻後期課程 石 璽彦

『遊仙窟』は、唐代伝奇小説の代表格であり、汪辟疆氏(1930)が「唐人口語、尚頼此略存(唐人の口語、なお此れに頼ればほぼ存ず)」と口語資料としての重要性を示している。その口語の研究は、許山秀樹氏(1994)、張黎氏(2014、2020)諸氏が既に注目し、諸々成果も挙げられる。

 しかし、『遊仙窟』には、醍醐寺本・陽明文庫本・真福寺本・金剛寺本という四つの古抄本があり、各々に訓読が付けられ、その訓が必ずしも同一ではない。四つの抄本の中に、唐代口語が理解されず、別の意味で訓読が付けられた例も見られる。後の江戸初期無刊記本に至っても、それらの訓読が継承された例もある。

 今日、以上の諸抄本の訓について、口語語彙理解度を注目する研究がまだ存在しない。本発表では、四抄本中の典型的な口語語彙例を取り上げながら、各々抄本の口語語彙理解度の比較調査を試みる。

本居春庭の活用論再考             

   鶴見大学准教授 遠藤佳那子

 本発表では、本居春庭『詞八衢』(文化五年〈1808〉刊)と『詞通路』(文政十一年〈1828〉序)における活用論を再考する。①春庭の活用表には後接要素との関係だけでなく統語論上の枠組みがあると考えられ、春庭が命令形を活用表に設けないのは形態上の不統一のためだけでなく統語論上の問題があること、②春庭の後継者である義門は『山口栞』(天保七年〈1836〉刊)において「転用」という術語を用いて複合語の語構成について論じているが、これは春庭の活用論を体言の側から補完し彫琢するものとして位置付けられること、以上の点について論じる。

久保田万太郎「ふゆぞら」論―虚子と鏡花を補助線に―     

   上智大学文学部助教  福井 拓也

 これまで不思議と注目されてこなかったようだが、近い時期に同じような不安を、高浜虚子は「俳話(二)」(『ホトトギス』明37・2)で、泉鏡花は「ロマンチツクと自然主義」(『新潮』明41・4)で、それぞれ口にしていた。言葉が歴史的に保持してきたコノテーション、それに目を瞑るような文学表現の趨勢に、虚子も鏡花も違和感を覚えずにはいられなかったのである。

 本発表では、二人に共通の不安――それは埋もれてしまっていた近代文学史上のトピックを指し示している――を補助線にして久保田万太郎の小説「ふゆぞら」(『三田文学』大2・9)を読み解いていく。そこから言葉と世界とをめぐるいくつかのスタンスを明晰化し、その歴史的な展開とジャンル布置とのつながりを考察してみたい。

実践報告概要

上智大学の全学共通科目―「思考と表現」領域の取り組み      

   上智大学文学部教授  服部 隆

 本実践報告では、上智大学基盤教育センターの「思考と表現」領域の取り組みを、必修科目「思考と表現」の実施状況と課題を中心に、担当の先生方からご報告いただき、情報の共有を図りたい。

 上智大学では、二〇二一年度に基盤教育センターが発足し、「キリスト教人間学」「身体知」「思考と表現」「データサイエンス」「展開知」の五領域において、二〇二二年度より全学共通科目を提供している。従来から国文学科は、「文章構成法」「国語表現」の二科目を提供していたが、これらは「思考と表現」領域の選択科目として新たに位置づけられることになった。また、「思考と表現」領域では、全学部の必修科目として「思考と表現」という科目を新たに開設し、現在、国文学科卒業生二名を含む特任助教七名の体制で、この科目を運営している。

 本日の実践報告では、この「思考と表現」科目の実際をご報告いただき、その狙いを共有するとともに、「文章構成法」「国語表現」科目との連携を視野に入れながら、今後の課題について考えていきたい。

 上智大学国文学会の会員には、日頃、中等教育・高等教育の現場において、ライティング教育に携わる者も多い。また、国文学科学部生、国文学専攻大学院生の中には、将来、この種の教育に関わる者も多いと期待される。質疑応答を通じて、大学におけるライティング教育の将来について考える機会としたい。

上智大学国文学会2023年度夏季大会案内

大会は予定通り開催されました。

日時:2023年7月1日(土)13:00~

場所:上智大学7号館14階特別会議室

[研究発表]13:00~

『方丈記』五大災厄の章段の語りの性格―連語「かとよ」から考える、『大鏡』との関係―             

 上智大学文学研究科国文学専攻前期課程 小山咲也香

藤原定家『拾遺愚草』釈教「向かはれよ」詠について

 ノートルダム清心女子大学准教授 星野 佳之

[シンポジウム]14:35~

テーマ 「源氏物語の表現の達成」

本廣 陽子(上智大学文学部教授)「複合動詞から観た源氏物語の表現」

石井 公成(駒澤大学名誉教授) 「仏典から観た源氏物語の表現」

藤原 克己(東京大学名誉教授) 「漢籍から観た源氏物語の表現」  

司会    瀬間 正之(上智大学文学部教授)

[上智大学国文奨学金授与式]

[総会]17:20~

[懇親会]18:00~ 会場:上智大学2号館5階教職員食堂

卒業生の方のご参加を歓迎します。
参加を希望される方は、6月26日までにご連絡ください。

国文学会事務局 [電話・FAX]03-3238-3637    jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp 

上智大学国文学会2023年度夏季大会 研究発表・シンポジウム要旨

研究発表要旨

『方丈記』五大災厄の章段の語りの性格 ―連語「かとよ」から考える、『大鏡』との関係―

上智大学文学研究科国文学専攻前期課程  小山咲也香

 『方丈記』では連語「かとよ」が、古本系統の大福光寺本で二例、前田家本で三例、 流布本系統の一条兼良本および嵯峨本で四例用いられている。この「かとよ」という語は、『方丈記』の時代には、散文において用例の少ない語であった。また、『方丈記』における「かとよ」は全てが、前半部の五大災厄の章に使用箇所が偏っているうえ、例外なく時を表わす語に付属する形で用いられている。短編である『方丈記』で、二例から四例確認されること、更にその使用形式が全て同一であること。これらに作者の意図を見出すべきではないだろうか。

 本発表では、和歌・歌合判詞・散文における「かとよ」の用例を確認しつつ、『方丈記』において「かとよ」がどのような意味を持つのか、作者がこの語を用いた意図とは何か、考えていきたい。また、用例を調査するなかで、『方丈記』が『大鏡』の文体を踏まえている可能性が見えてきたため、二作品の関係性についても検討を行う。

藤原定家『拾遺愚草』釈教「向かはれよ」詠について

ノートルダム清心女子大学准教授     星野 佳之

 藤原定家『拾遺愚草』雑・釈教所収の「母の周忌に法華経六部みづからかきたてまつりて供養せし一部の表紙にゑにかかせし歌」八首(二七五四~六一)について考察を試みる。

 法華経各一巻に一首を宛がって詠まれたこの八首の内、七巻「向かはれよ木の葉しぐれし冬の夜をはぐくみたてし埋火のもと」については、久保田淳が初句を「報いとなる」という自動詞「ムカハル」の命令形、「埋み火のもと」を詠者定家を育てた母の膝下と捉えて「母への報恩となるように」と解釈したのが通説である。

 これに対し、五句は法華経七巻「薬王菩薩本事品」の「如寒者得火」を踏まえ、初句を「移動動詞ムカフ+尊敬ル」と取って「祖母のもとに往かれよ」と母に呼び掛けた歌という試案を発表した(和歌文学会 令和四年一二月例会)が、その際「他の七首全てに法華経各巻との対応が見出せるか」などの課題が残った。今回改めて考察し、可能であれば八首の構成の理解に及びたい。

 

シンポジウム「源氏物語の表現の達成」趣旨

 物語文学史上、卓越した文学的達成を遂げた源氏物語は、表現の面でもそれ以前の作品とは一線を画し、独自の高度な発展を遂げている。源氏物語は、それ以前の和漢の多くの文学作品や仏教など、様々な要素を取り込み、それを作品内部で変容させて、新たなる作品世界を形成した。その過程で、新しい表現方法が工夫され、新しい言葉が用いられ、源氏以前には到達出来なかった物語表現が生み出されていくことになる。

 本シンポジウムは、漢籍との関わり、仏典との関わり、複合動詞といったそれぞれの方面から、源氏物語の表現を分析し、議論を通して、源氏物語の成し得た表現の達成を考えたい。

上智大学国文学会2022年度冬季大会案内

大会は、予定通り開催いたしました。

日時:2023年1月21日(土)13:30~
会場:Zoom オンライン会議
参加申込み: 次のオンラインフォームに記入の上、御送信下さい。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeTmmu8d2s4xolPftH-PSyTBQ8E00n2Fpi2DbmnlkyJc62OfQ/viewform

1月19日頃に、発表資料のURL、ZoomのIDとパスワード等を、御記載のe-mail宛にお送りします。

お申込みは2023年1月18日(水)23時59分までにお願いします。締め切り以後、参加をご希望の方は、jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp(上智国文学会事務局)までご連絡ください。

当日のタイムテーブルは次の通りです。

1. 研究発表 13:40~15:00
「社会の罪」を超えて―広津柳浪「雨」論
  石上 真理(小山工業高等専門学校非常勤講師)
『サントスの御作業の内抜書』「言葉の和らげ」とバレト写本に見る『日葡辞書』の記述について
  中野 遙(上智大学基盤教育センター特任助教)

2. シンポジウム 15:20~16:50
「高等学校「国語」新学習指導要領への対応と課題」
司会
  山本 章博(上智大学)
パネリスト
  臼井 浩人(神奈川県立横浜翠嵐高等学校)
  岩村 寧子(立教女学院中学校・高等学校)
  古郡 明子(白百合学園中学高等学校)

発表要旨・シンポジウム趣旨は、上智大学国文学会2022年度冬季大会-発表要旨シンポジウム趣旨を御覧下さい。

上智大学国文学会2022年度冬季大会 発表要旨・シンポジウム趣旨

大会は、予定通り開催いたしました。

発表要旨
「社会の罪」を超えて―広津柳浪「雨」論


小山工業高等専門学校非常勤講師  石上 真理


 広津柳浪「雨」は明治三五年一〇月『新小説』に発表された。この作品は、社会の貧困層の人々が、長雨という自然現象や「家」の封建性のために二重にも三重にも困窮する様を描いた小説である。これは木村洋が指摘する、同時代文学空間において試みられた「社会の罪」の追究の一展開であり、同時に自然現象という日本の風土性から問題を追究した独自の試みだと言える。本発表では、吉松が犯罪に手を染める一連の流れを、これまで等閑視されてきた〈家〉という観点や自然現象との関わりから読み返すことで、従来の作品評価、さらには、「現実観察に鋭い眼を持ちながら、それを批判的につかむ深さを欠き、結局平面的な写実に終始した」(吉田精一)という作家評価の再検討を行う。


『サントスの御作業の内抜書』「言葉の和らげ」とバレト写本に見る『日葡辞書』の記述について


上智大学基盤教育センター特任助教  中野 遙


 キリシタン版『日葡辞書』(1603)には、現存する版本版のもの以前に、写本版のものが存在していた事が、その序文の中で言及されており、写本版をもととして、現存の版本版が刊行されたと推測される。
 先行研究では既に、森田武(1976)によって、天草版『平家物語』(1592)合綴の、マヌエル・バレトによる写本「難語句解」の中に、写本版『日葡辞書』の記述が流入している可能性が指摘されている。また、中野遙(2023刊行予定)では、キリシタン版『サントスの御作業の内抜書』(1592)「言葉の和らげ」、『日葡辞書』、「難語句解」の対照から、『サントスの御作業』「言葉の和らげ」にも、写本版『日葡辞書』の記述が流入している可能性を指摘した。
 本発表では、これらの論を踏まえつつ、「難語句解」以外のバレト写本の記述も調査の対象に加え、『サントスの御作業』「言葉の和らげ」と写本版・版本版『日葡辞書』の記述との影響関係を論じる。

シンポジウム趣旨
高等学校「国語」新学習指導要領への対応と課題

上智大学文学部教授  山本 章博

 平成三〇年に告示された高等学校の新学習指導要領が、令和四年四月、第一学年より実施されている。国語科では、科目の構成が大幅に見直され、必修科目として「現代の国語」「言語文化」、選択科目として「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」が設置された。特に「現代文」を「論理」「実用」と「文学」に区分する考え方について、日本文学関連の学会が「深い憂慮を覚えるもの」として声明を出すなど、大きな議論となっている。この今回の改訂を、高等学校の現場では、どのように受け止め、どのようにカリキュラムを編成したのか。また、今年度より実施されている第一学年において、実際にどのような変化があるのか。三名の現役の高等学校の先生方にご報告いただき、その後、参加者とディスカッションを行い、問題点、課題を見出していきたい。

【重要・緊急】上智大学国文学会2022年度夏季大会について

 大会は、予定通り開催致しました。

 上智大学国文学会2022年度夏季大会の発表資料のURL、ZoomのIDとパスワード等は、学会ホームページ上の申し込みフォームに御記載のe-mail宛に、7月7日頃お知らせすることになっておりましたが、やむ得ない事情により、そのような形でのお知らせができなくなりました。誠に申し訳ございません。

 本日、本学会会員のうち、メールアドレスの分かる方には、e-mailにて発表資料のURL、ZoomのIDとパスワード等をお知らせしたところですが、参加ご希望の方で、会員ではない方、あるいは会員でもe-mail未着の方は、お手数ですが上智大学国文学会事務局(jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp)まで、e-mailにてお問い合わせ下さい。

 ご迷惑をおかけしますが、なにとぞよろしくお願い申し上げます。 

上智大学国文学会2022年度夏季大会案内

大会は、予定通り開催致しました。

今年度夏季大会を次の様に開催します。
日時:2022年7月9日(土)13:30~
会場:Zoom オンライン会議
参加申込み: 次のオンラインフォームに記入の上、御送信下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1oLL-BuVzDCSJkrnaXWYeXJSPurTk1dANleykGCyxmLQ/
7月7日頃に、発表資料のURL、ZoomのIDとパスワード等を、御記載のe-mail宛にお送りします。

【重要・緊急】上智大学国文学会2022年度夏季大会について – Sophia Kokubun 上智大学国文学会 (sophia-kokubun.jp)

当日のタイムテーブルは次の通りです。
1. 13:40~14:20 研究発表(質疑応答含む、以下同じ)
    菅のの香    中古・中世における複合辞の文法機能――「ニオイテハ」「ニツケテ」を中心に

2.  14:30~15:10 研究発表
    星野佳之  助詞シの変遷について   

3. 15:20~16:00 研究発表
    本廣陽子  『源氏物語』の複合動詞

4.  16:10~ 総会
 ・役員(会長・評議員・ホームページ担当)の改選  
 ・2021年度決算
 ・2022年度事業計画・予算案
 ・上智大学国文奨学金授与式

発表要旨は、上智大学国文学会2022年度夏季大会 発表要旨を御覧下さい。

上智大学国文学会2022年度夏季大会 発表要旨

中古・中世における複合辞の文法機能 ―「ニオイテハ」「ニツケテ」を中心に

女子聖学院中学高等学校国語科特任教諭  菅 のの香

 「ニツイテ」・「ニヨッテ」といったいわゆる「複合辞」は、現代語を中心に研究が進められてきた。本発表では、中古・中世の古典語において、「複合辞」がどのような文法機能を持ち、文章中でどのような役割を担っていたかを明らかにしたい。
 調査対象は、現代語で「複合辞」等とされている詞と形態が一致するものと、ロドリゲス『日本大文典』においてそれらの詞と同列に扱われているものとする。それらの役割は、構文上の区別が可能である。連用修飾句を形成する複合辞は、準体を承けることができるが、題目提示の複合辞は、必ず体言を上接し、準体を承けることができない。また、それらの役割と出現状況は文体差に左右される。題目提示の複合辞について、中古では、「ニツケテ」が和文に「ニオイテハ」が和漢混淆文に用いられるといった棲み分けが見られるのに対し、中世以降の口語体では、「ニオイテハ」のみがその役割を担っている。

助詞シの変遷について

ノートルダム清心女子大学准教授  星野 佳之

 助詞シについては、①「主節内での単独用法」(奈良の明日香を見らくシ良しも、万葉99)は上代を限りにほぼ失われ、中古以降②「主節内で他の助詞と複合する用法」(汝をシゾあはれとは思ふ、古今904)」か、③「順接条件節内に立つ用法」(植ゑシ植ゑば秋なき時や咲かざらむ、古今268)のいずれかに収斂していくことが『あゆひ抄』以来明らかとされている。
 その上で研究史は「助詞「し」の説―係機能の周辺―」川端善明(1962)や『日本語文法大辞典』「し」の項、野村剛史(2001)など、構文的性質の解明に重点が置かれてきたが、近年、形容詞文に立つシの表現内容を「対象の像の明瞭化」と限定的に記述する「助詞シと形容詞文」栗田岳(2020)が発表された。シの目立たない表現価を改めて問う重要な試みとしてこれを踏まえつつ、本発表では「かつがつも最前立てる兄をシ枕かむ」(神武記)等についてより具体的な記述を試み、ここからシ衰退の過程を再度検討し直したい。

『源氏物語』の複合動詞

上智大学文学部准教授  本廣 陽子

 『源氏物語』の文章は、一つの文や一つの言葉に、より多くの内容や様々なニュアンスが込められ表現されるという特徴を持つ。そのような文章の一角を担うのが複合語であり、この使用によって意味内容を圧縮した文学的表現が可能になっていることが従来指摘されてきた。加えて、『源氏物語』の複合語の背景に、漢文の訓読語や歌語の存在があることが指摘されている。一方で、『源氏物語』において、複合語が訓読語や和歌とどのように関わっているのかを具体的に明らかにしたものは少ない。
 本発表では複合語の中でも複合動詞を取り上げたい。そして、『源氏物語』の複合動詞を特に和歌との関係において考察することを通して、『源氏物語』における複合動詞の在り方の一端を明らかにしたい。

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上智大学国文学会2021年度冬季大会 発表要旨

「願い」の表現とイエズス会の文法組織

上智大学大学院文学研究科国文学専攻博士後期課程  黒川 茉莉

 日本語動詞に希求法(optativus)を立てる理由は、イエズス会の日本語文法の嚆矢である天草版「ラテン文典」(1594)では、十分に説明されていない。天草版が依拠したAlvares等の当時のラテン文法に於いても、接続法(conjunctivus)と実質同形の希求法は、その別立ての理由付けに苦心するほどで、イエズス会文法の日本語希求法は精査を要する。
 ロドリゲス「日本大文典」(1604~1608)は、希求法接辞(カシ、ガナ、モノヲ等)を動詞活用から切り離している。本発表では、日本語の希求法を、本来の希求法という動詞の「法」(mood)から離脱させるロドリゲスの試みを、「日本語の『願い』は過去に及ばない」(15丁オモテ)という、日本語の「願い」表現に対するロドリゲスの理解と関連させて論じ、あわせてキリシタン対訳辞書・対訳文献での「願い」の日本語表現を再考する。

『天草版平家物語』における句読法とコロンの機能について

青山学院高等部非常勤講師  岩澤 克

 『天草版平家物語』の本文を原典と対照すると、原典の地の文において文末であった箇所を非文末の形に改める長文化が確認される。また、長文化が生じずに短文のままである文末にはピリオドではなく、コロンを用いる例が見られる。文長の調整やコロンの使用は日本語学習の教材として編纂された『天草版平家物語』の講読において重要な役割を果たしたものと考えられる。その観点から、当時の『イエズス会学事規定』を踏まえ、イエズス会の言語学習において文長に関する基準が存在し、その規範に基づいて『天草版平家物語』の編纂が為されていたであろうことを論じる。

女三宮の「かたみ」の猫

上智大学大学院文学研究科国文学専攻博士後期課程  藤田 亜美

 『源氏物語』には様々な身代わりが登場する。その中でも、柏木によって「恋ひわぶる人のかたみ」とされる女三宮の猫はとりわけ異質な存在であると言えるのではないだろうか。
 身代わりとしての女三宮の猫が特異であると考え得る理由の一つとして、身代わりの猫と本体である女三宮に同じ形容表現が用いられることが挙げられる。女三宮と猫に共通して「らうたげなり」「なつかし」といった形容表現が用いられていることは、先行研究において指摘されてきた通りである。しかし、『源氏物語』の他の身代わりの場合と比較してみると、身代わりとその本体を同一の表現で形容することは必ずしも一般的であるとは言い難い。そこで、本発表では、女三宮と猫の形容表現が共通することの意義を考察する。そのうえで、『源氏物語』の種々の身代わりの中で、女三宮の猫をどのように位置づけることができるのかについても考えたい。

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