上智大学国文学会2021年度夏季大会 発表要旨集

許六俳文の出発点――『五老文集』所収「五老井記」草稿の分析      

砂田 歩

 「五老井記」は、『本朝文選』(宝永三年〔1706〕刊)などに所収される、森川許六(1656~1715)の俳文である。この俳文は、許六手稿『五老文集』に草稿が残っており、その推敲過程をたどることができる。本発表では、その推敲過程の分析を通して、許六がどのような意識をもって「五老井記」を書いたのかを検証する。許六は『本朝文選』の編者であるなど、俳文史において重要な人物であるためである。
 推敲過程の分析によって明らかにするのは、⑴松尾芭蕉(1644~1694)の俳文「幻住庵記」との対応が試みられていたこと、⑵和文脈と漢文脈のバランスが重視されていたこと、以上の二点である。そこから、従来許六と対立的にとらえられることのあった、芭蕉や各務支考(1665~1731)との俳文観の共通性を論じる。
 また、『五老文集』の成立の時期などから、芭蕉がその添削を行った可能性についてもふれる。

享保期艶書小説の教訓性とその背景―『当流雲のかけはし』を中心に―   

岡部祐佳

 『当流雲のかけはし』(享保四年〈1719〉刊)は、女筆手本の趣向や二十一代集および『源氏物語』に関する知識を取り入れるなど、啓蒙的側面を有する艶書小説である。この本書の啓蒙性は、主たる読者層であった上~中層町人の子女の需要を考慮したものであった。しかし、子女への教育という点からみれば、恋愛すなわち好色を題材とする艶書小説は、本来忌避すべきものといえよう。本書以前の艶書小説は、この倫理と好色の葛藤を仏教的価値観によって克服しようとするものが多かった。ところが本作は、作中において中世的な出家遁世を揶揄し、当代町人社会という現実世界を主体的に生きる女性の姿を描いている。
 本発表では、享保期における女子教育の潮流を踏まえつつ、本書の教訓性について検討する。また、それ以前に刊行された艶書小説との比較を通して、近世期艶書小説史における本作の位置づけについて、仮説を提示したい。

日本書紀の「亦」と「又」                       

李 明月

 藤原照等氏は古事記に用いられている「亦・又」について、両者は漢字原義により使い分けされていることを明らかにした。このような使い分けが日本書紀においても見られるか、また述作者が異なる日本書紀において使い分け方に差があるかを調査し報告する。
 「亦」「又」の副詞用法・接続詞用法それぞれが文頭・句頭・文中に用いられている用例を統計的に処理した。文頭以外に「又」が用いられている巻について「亦」「又」の用例を分析し、漢籍にない接続詞用法の「亦」がβ群のみに用いられていることを明らかにした。しかし、「又」が文頭以外に用いられる巻はすべて使い分けされており、誤用である接続詞の「亦」も「もまた」という漢字原義にから転用されたものと見られ、すべての巻において両者は漢字原義を意識し使い分けされていることが判明した。

出雲国風土記における山川原野の描写について 

             宮川 優

 出雲国風土記の記述が他の古風土記のそれと比較して整然としていること、各郡の前半部と後半部とで記述方法に違いがみられること、山や川といった自然を描写する地誌的説明はその後半部に置かれ、前半部に比して漢文を志向しているものの、その多くを類型表現が占めること、その類型表現は『山海経』や『水経注』等の漢籍に学んだ可能性があることなどが先行研究において指摘されている。
 眼前に広がる自然の様子をどのように記せばそれを見ぬ人々に伝わるか、漢籍を範としながら、その利用は文飾のためではなく、実景の簡素な描写や、全巻を通じた描写に関する方針の可能な限りの統一といったことに重きを置いて行われたと推察される。
 本発表では、出雲国風土記において山川原野の描写に用いられた類型表現を網羅的に眺め、漢籍におけるそれらの用例分布をこれまでに指摘されたものも含めて再確認することによって、その表現に見られる工夫の跡を辿りたい。

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上智大学国文学会2021年度夏季大会案内

大会は、予定通り開催致しました。

今年度夏季大会を次の様に開催します。
日時:2021年7月10日(土)13:30~18:00
会場:Zoom オンライン会議
参加申込み: 次のオンラインフォームに記入の上、御送信下さい。
https://docs.google.com/forms/d/1ye0M4Md6FbEVVAAlPfhUUJnsRLizHtGeN4FyjVl40oo/
7月8日頃に、発表資料のURL、ZoomのIDとパスワード等を、御記載のe-mail
宛にお送りします。

発表者と発表要旨:こちらのページを御覧下さい。

この他に、会員総会、土田賞授賞式・上智大学国文奨学金授与式を行ないます。

懇親会は、行ないません。

2020年度冬季大会 発表要旨

『日本書紀』と六朝口語 /石璽彦

『日本書紀』は周知の通り、漢文で書かれた日本最初の正史である。しかしその漢文の表現は、古来から不自然だとする指摘もある。また、その表現に多くの当時の中国口語が含まれることは小島憲之氏・瀬間正之氏・唐煒氏などにより、多くの先行研究で提示されており、『日本書紀』の表現形成で大きな役割を担うことが証明されている。この中に、伝来した漢訳仏典の影響が多いことが注目されており、多くの論述もその視点で論証されている。しかし、『日本書紀』の「地の文」・「会話文」という視点から中国口語の用法を考察する方法は未だまだ採られていない。

したがって、今回の発表では、『日本書紀』全文の中国口語用例を摘出し、「地の文」・「一重会話文」・「二重会話文」という三つの種類を分類し、テーブル式で整理する。データを集計し、分布・使用傾向・偏在などを一層明瞭にすることを目指したい。

キリシタン版『サントスの御作業 内抜書』「言葉の和らげ」の掲載語彙 / 中野遙

キリシタン版『サントスの御作業 内抜書』(1591)には、本文中の分別しにくい語を説明した「言葉の和らげ」が付されているが、立項されている語の全てが本文中に見える訳ではない。本文不在の語は同音異字語が多く、また、漢字表記を持つ見出しであっても、その表記を示唆するルビが付されていない場合が多い。本文不在の語が同音異字語に多いのは『ヒイデスの導師』(1592)の「言葉の和らげ」などに於いても顕著であり、編纂側も本文中の正確な漢字表記を把握しないままに語釈を付したためと考えられる。先行研究の通り、「言葉の和らげ」に見られる語義は原則として本文に依存したものであるが、一方で、本文文脈から切り離されて語釈を付す作業が行われ、同音異字語を本文文脈に即して選択する事が出来なかった可能性を指摘する。

また、「言葉の和らげ」間での収録語彙の比較から、『サントスの御作業』「言葉の和らげ」掲載語彙の性格を明らかにする。

近代日本における廣瀬武夫漢詩の受容 ~「正気歌」を中心に~ / 笹本玲央奈

明治四十三年、夏目漱石は「文芸とヒロイック」「艇長の遺書と中佐の詩」と題する評論を発表した。前者において、漱石は同年の海軍第六潜水艇沈没事故で殉職した佐久間勉大尉の遺書に言及し、後者では、明治三十七年に日露戦争で戦死した廣瀬武夫中佐の漢詩について、佐久間大尉の遺書と比較しつつ批判している。

周知のように、漱石の漢詩は高く評価されているが、漱石がなぜ廣瀬の詩を批判したのかという点については十分に解明されていない。私見では、漱石は西洋文学を規範とする自身の文学論に基づいて廣瀬の漢詩を論じており、それは後の「則天去私」とも関わる問題である。一方で、漱石の批判にも関わらず、廣瀬の漢詩はその後も現代に至るまで多くの詞華集に収録され、詩吟にもうたわれて国民に親しまれてきた。そのことは何を意味するのか。本発表では、廣瀬武夫漢詩の受容について、漢詩の近代化をめぐる議論や戦争との関わりも視野に考察したい。

慈円「四十八願三首和歌」をめぐって / 山本章博

慈円の私家集『拾玉集』第四(4196〜4199番)に、「上人勧進講四十八願之席同詠三首和歌」と題して「阿弥陀四十八願第六」「月」「無常」を詠んだ三首和歌がある。これについては、同じ組題である「家隆家四十八願勧進和歌」(藤原家隆『玉吟集』所収)と同時のものであった可能性について、山本一氏が和歌文学大系『拾玉集』の脚注においてわずかに言及するのみで、これまで特に注目されることのなかった作品である。

本発表では、この三首和歌と「家隆家四十八願勧進和歌」との関係について改めて検討し、さらに草稿を含めた四首の和歌表現について分析する。その結果として、嘉禄元年(1225年)、死を目前にした生涯最後の和歌で、西行歌からの影響を受けたものであることを指摘する。

平成30年度冬季大会の開催

上智大学国文学会

標記は、2019年1月12日(土)、予定通り開催致しました。

小雪の舞う中でしたが、学会員、国文学科在学生、一般の方など多くの方に御参加頂けて盛況の会となりました。

平成30年度冬季大会 要旨

上智大学国文学会 平成30年度冬季大会要旨

標記は、次の通りです。

大会プログラムこちらです。

平成三十年度冬季大会発表要旨

芥川龍之介「玄鶴山房」論―「看護婦」「ゴム印」の同時代表象をめぐって―  木村 素子

 

芥川龍之介晩年の作品である「玄鶴山房」(昭和二年)は、芥川自身が書簡において提示した「新時代」意識を探る考察が中心に行われてきた。その際、作中に登場するリープクネヒトの『追憶録』に描かれた家族と作品内の家族との比較や、「看護婦」甲野とは何か、また、「ゴム印の特許」と玄鶴との関係などが問題として追究された。

本発表では、それらの論を踏まえ、「看護婦」と「ゴム印」に焦点を合わせて考察を試みる。「看護婦」という職業は、大正四年から有資格者のみが就業できる規則が整えられたにも関わらず、世間からは軽視されていたという当時の社会状況を踏まえることや、「ゴム印」が同時代においていかなる状況にあったのかを考えることによって見えてくる作品の問題性を検討することとする。

 

夢〉を視る《神経》―谷崎潤一郎「柳湯の事件」をめぐる考察         村山 麗

 

谷崎潤一郎「柳湯の事件」(大正七年十月)は、長年極度の「神経衰弱」を患う絵描きのKが、恋人の瑠璃子を「ヒステリー」に罹っていると思い込み、その恐怖から見た「幻覚」によって引き起こした殺人事件とその自白を描いた作品である。先行研究では、その神経病表象を取り上げ、当時の精神異常者をめぐる法制度との関係の追究や、雑誌『変態心理』等同時代のメディアにおける神経病言説に基づく分析がなされている。これらの論は、作品をめぐる同時代資料を提出した点において注目される。

しかし、本発表では作品における「神経衰弱」が、「幻覚」を視るという特徴を持っている点に着目し、この作品が独自の《神経病》表象を有していることを明らかにし、文学における同表象の史的展開の上に位置づけたい。

 

シンポジウム概要

古典学と仏教学                          

瀬間 正之

仏教を措いて古典文学を語ることは不可能であろう。上代文学においては、仏教思想の影響は軽微とは言え、仏典を利用した表現は多々指摘されている。また、日本霊異記をはじめとする仏教説話集は、その重要な編纂意図の一つにまさしく唱導・伝道があった。中古となれば、仏教は民衆へ浸透を見せ始め、「宿世」「罪」は源氏物語の重要な題材となる。中世以降、平家物語・徒然草・方丈記などはまさしく仏教なしに語ることは出来ない。以後多くの古典文学が仏教の影響下にあることは言うまでもない。

また、古典研究への影響も見逃せない。一条兼良の古典研究の背景には、宋学はもちろんのこと、禅学の深い造詣が認められる。客観的方法による古典研究もまた悉曇学の研究方法を学んだ阿闍梨・契沖の創始になることは周知の通りである。

今回のシンポジウムは、仏教学研究者と古典文学研究者を招き、仏教学研究者から観た古典文学、古典文学研究者から観た仏教をそれぞれ語ってもらい、その後の討論の糧としたい。

 

平成30年度冬季大会 大会案内

上智大学国文学会 平成30年度冬季大会

標記は、次を予定しています。

発表要旨はこちらです。

日時
2019年1月12日(土)13:30〜
会場
上智大学 7号館14階特別会議室
研究発表(13:30〜)
「芥川龍之介「玄鶴山房」論―「看護婦」「ゴム印」の同時代表象をめぐって―」
上智大学大学院国文学専攻博士後期課程  木村 素子
「〈夢〉を視る《神経》―谷崎潤一郎「柳湯の事件」をめぐる考察」
上智大学大学院国文学専攻博士後期課程  村山  麗
シンポジウム(15:15〜)
古典学と仏教学
パネリスト
「中世曹洞禅宗における伝説の秘伝化―「片岡山飢人説話」を中心に」
サンヴィド マルタ(国際交流基金PhDフェロー・駒澤大学禅研究所研究員・ヴェネチア大学博士課程後期)
「和歌文学と仏教ー関係性の諸相ー」
山本 章博(大正大学准教授)
「アジア諸国の恋愛文学と仏教の関係」
石井 公成(駒澤大学教授)
趣旨説明及び上代の状況
瀬間 正之(上智大学文学部教授)
懇親会(18:00〜)
上智大学 2号館5階教職員食堂
会費 4000円
卒業生の方の御参加を歓迎します。

平成30年度夏季大会 発表要旨

上智大学国文学会 平成30年度夏季大会要旨

標記は、次の通りです。

大会プログラムこちらです。

梁川紅蘭と『三体詩』―近世後期における中晩唐詩受容―              中野 未緒

梁川紅蘭は近世後期の漢詩人である。夫の梁川星巌が紅蘭に『三体詩』を暗誦するように言った逸話や星巌の交友関係より、紅蘭は『三体詩』をはじめとする中晩唐詩の影響を受けていたと考えられるものの、そのことに言及している先行研究は特に見当たらない。そのため本発表では『三体詩』を中心とした中晩唐詩受容について考えていきたい。紅蘭の『三体詩』受容は、『三体詩』の句の意味をそのままに借用しているものと、『三体詩』の自身の不遇や世の中の乱れを嘆いている句を、意味を逆転させて用いているものに分けられる。また紅蘭の『三体詩』以外の中晩唐詩の受容について、館柳湾が刊行した中晩唐詩の詩集に載っている詩が典拠として用いられているものがいくつかある。紅蘭が館柳湾の刊行した詩集に影響を受けていたという可能性を示していきたい。

 

マニラ版『ロザリオの経』の典拠について                     岩澤 克

マニラ版『ロザリオの経』はドミニコ会士Juan de los Angelesによって編纂され、1623年にマニラで刊行された修徳書であり、種々の奇跡譚を収録する。これは当時の欧州に広く流布する奇跡譚を編纂・翻訳したものと考えられ、各章段末尾に付される注記から、その著者名が窺える。その注記に挙げられる各著者の文献と内容や形式が一致しており、それらを典拠とする可能性が想定される。

最も多く名が挙げられるIoan Sagastizabalの著作『Exortacion a la santa devocion del Rosario de la Madre de Dios』は特に重要と考えられる。最も注目すべきは、『ロザリオの経』注記において、Sagastizabalの名が見えない章段においても一致が確認されることであり、その一致は巻4のほぼ全ての章段に渡る。このことから、『ロザリオの経』巻4の典拠は Sagastizabalの著作か、それを継承した文献であり、『ロザリオの経』は多様な著者名を挙げながらも、既に欧州において編纂されていた文献を孫引きする形で成立したものである可能性を指摘する。

 

風景論の移譲 ― 志賀重昂以後                          木村 洋

一八八〇年代後半から一八九〇年代の文学史は、経世家の顔と文学者の顔を併せ持つ、硬軟混在型の言論人の活躍によって特徴づけられる。その代表が志賀重昂だった。特に志賀の『日本風景論』(一八九四年)は硬派知識人の手になる新たな文学的成果として注目を集める。その革新性は、風景観(美意識)の複数性を考慮しつつ、操作的に既知の風景観の解体と再構築を推し進めねばならないという自覚の鮮明さにあった。そして後続の国木田独歩をはじめとする文学者たちは、濃厚な政治意識に染まっていたこの「風景論」という営みを、いっそう非政治的な自分たちの世代の気分にとって都合がよいように再加工し、所有し直した。ここに志賀の世代から非政治的な後続世代への新知見の移譲の儀式を確認できる。一連の経緯は、明治中期の表現と思想の歴史の発展形態を典型的に示す一例として注目に値する。

 

藤原宇合の風土記関与                              瀬間 正之

藤原宇合が『常陸国風土記』と『西海道風土記』に関与した可能性について、宇合の年譜を押さえながら、次の三点からさらに進めて追究していきたい。第一に『常陸国風土記』の「郷」字の出現箇所の検討である。『常陸国風土記』は多く「里」字を用いる中で数例「郷」字が使用されている。その理由を明らかにするところから宇合の関与を確認したい。第二に『西海道風土記』における平仄の問題である。『懐風藻』所載の宇合の詩序が平仄を整えているのに対して、『常陸国風土記』は、平仄に関して配慮されていない。それに対して『西海道風土記』では、平仄を配慮して書かれた箇所が認められる。この意味を問い正したい。第三に、改めて『西海道風土記』『常陸国風土記』『懐風藻』所載宇合作品に共通に用いられる語の検討を通して、宇合が風土記に関与した蓋然性をさらに高められれば幸いである。

平成30年度夏季大会 大会案内

上智大学国文学会 平成30年度夏季大会

標記は、次を予定しています。

発表要旨こちらです。

日時
2018年7月7日(土)13:30〜
会場
上智大学 7号館14階特別会議室
研究発表(13:40〜)
「梁川紅蘭と『三体詩』―近世後期における中晩唐詩受容―」
2018年上智大学国文学科卒業  中野 未緒
「マニラ版『ロザリオの経』の典拠について」
国立国語研究所プロジェクト非常勤研究員・上智大学非常勤講師  岩澤 克
「風景論の移譲 ― 志賀重昂以後」
上智大学文学部准教授  木村 洋
「藤原宇合の風土記関与」
上智大学文学部教授  瀬間 正之
総会(17:00〜)
土田賞表彰式
上智大学国文奨学金授与式
懇親会(18:00〜)
上智大学 2号館5階教職員食堂
会費 4000円
卒業生の方の御参加を歓迎します。