上智大学国文学会2024年度冬季大会 研究発表要旨

「生活」とは何か―横光利一の戯曲における男女―  胡桃澤梨絵

  横光利一(一八九八〜一九四七)は自身の戯曲を「生活の別名」と称した※。

 これは、戯曲が「一つの生活に現れた」人間の姿を文字の上に表すものだという横光の戯曲観に基づいているが、横光の発言を理解するためには、「生活」とは何であるかという根本的な問いを解決せねばならない。本発表は、横光の「生活」に関する言説を頼りに、戯曲を表す「生活の別名」の意味を探りたい。その定義を踏まえて、実作の戯曲における「生活」は何かについても考察を加えたい。

※(「食はされた生活―新劇協会上演の『食はされたもの』―」『読売新聞』一九二五・一・三一朝刊)

恨まない寝覚の上—『夜の寝覚』における「恨む」及びその関連語に着目して—

  大友あかり

 『夜の寝覚』には、「恨む」「言ひ恨む」「恨み」「恨めし」「恨めしげなり」のような「恨む」に関連する語が多く出現する。特に、『源氏物語』では女君にはあまり用いられないこれらの語が、女主人公の寝覚の上に多く用いられていることは注目に値する。

 本発表では、寝覚の上の「恨む」の様相を追い、これらの語が、一夫多妻の状況にありながらも「恨まない」寝覚の上を積極的に描くために用いられていることを指摘する。さらに、寝覚の上の「恨めしき節」における思考や態度を、寝覚の上と同様の状況にある『源氏物語』の女君らのあり方と比較し、その違いを検討する。寝覚の上の「恨み」の独自性から、『夜の寝覚』における性質や心情の描き方の特色を考えてみたい。

動詞基本形による終止とその時間的性格    栗田 岳

 現代日本語の動詞基本形(助動詞を伴わない、動詞単独のかたち)は、アスペクト的に「完成」相、テンス的に「非過去」の形式と記述されることがある。「完成」とは、動詞を局面に分割しない全一的な把握の云いであり、「非過去」の具体的な在りようとして、動詞基本形が概ね「現在」には対応しないことも指摘されている。

 以上をふまえて、本発表では次のことを論じる。

①「完成/不完成」とはスラブ諸語の理解のために設けられた概念であり、そのまま日本語に適用しうるわけではない。

②動詞基本形の「非過去」に「現在」が含まれないのは、「現在」が瞬間であり、それが「完成」と齟齬するからだとも主張されている。しかし、副詞「いま」を分析する限り、日本語が「現在」を瞬間と捉えられているかどうかは明らかではない。

③振る舞いの検討に基づけば、動詞基本形の時間的な性格は「特定の時点に位置づけない」というものであると考えられる。

上智大学国文学会2024年度冬季大会のご案内

2024年度の冬季大会の開催についてご案内申し上げます。

冬季大会では研究発表に加え、本学に非常勤講師としてご出講いただいている、青山学院大学名誉教授の近藤泰弘先生に講演をお願いいたしました。

夏季大会は対面開催でしたが、今回は会場を使用しての大会は行わず、全てZoomを利用したオンラインで開催いたします。参加をご希望の方は、下記フォームよりお申し込み下さい。

参加申し込みフォーム https://forms.gle/M77mmh6mFCMNwMWV6

準備の都合上、1月22日(水)までにお願いいたします。

開催前日までにZoom ID、パスコードをお知らせします。なお、国文学会のメールアドレス(Yahooメール)からお送りしますが、迷惑メールに振り分けられる場合がありますので、未着の場合はご確認ください。

【開催日時】  2025年1月25日(土) 午後1時30開始  

[第一部 研究発表](午後1時35分~3時50分)

〇「生活」とは何か―横光利一の戯曲における男女  

  お茶の水女子大学大学院比較社会文化学専攻博士前期課程  胡桃澤梨絵

〇恨まない寝覚の上―『夜の寝覚』における「恨む」及びその関連語に着目して―

  上智大学大学院国文学専攻博士後期課程  大友あかり

休憩 

〇動詞基本形による終止とその時間的性格

  電気通信大学大学院情報理工学研究科准教授  栗田 岳

          

[第二部 講演](午後4時~5時) 

  AIによる語学・文学研究    

   青山学院大学名誉教授  近藤 泰弘 

2024年度冬季大会研究発表者募集

次回大会は2025年1月25日(土)に開催予定です。研究発表者を募集いたします。

発表希望者は下記を記入の上、10月31日(木)23:59までに、氏名・所属・連絡先e-mail・発表題目(仮題可)・発表要旨(200~400字)を添えて、お申し込みください。

・発表予定時間    30分

・応募先   上智大学国文学会 jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp 

・理事会にて発表者を決定し、その結果を本人宛てお知らせいたします。

※冬季大会の開催形式については決定しだいお知らせします。

上智大学国文学会2024年度夏季大会 研究発表要旨

『日本書紀』における「与」字と「及」字    李 明月

 坂本太郎氏は『日本古代史の基礎的研究上 文献篇』(東京大学出版会・一九六四年)において、『日本書紀』において「与」字は二つの事項を連ねて並べるという用法が、天智紀・持統紀に多用されていることを指摘した。

 一方『日本書紀』では、二つの事項を繋げて並べる時に「与」字の他に「及」字も多用されている。

 本発表では、『日本書紀』に見られる虚詞「与」字と「及」字との用法と使用状況について比較調査を行い、各巻の「与」字と「及」字の用法の特徴をまとめる。その調査結果を踏まえて、坂元氏の指摘の妥当性を考えるとともに、『日本書紀』の区分論と『日本書紀』の成立について考究する。

 六国史漢文詔勅の文章表記の特徴について    王 沁臻

 大宝律令以後に、文書で行政を行うために、漢文体の詔勅が発給されるようになった。これらの漢文詔勅の文章は、中国の詔勅を参考に、翻案した部分が存しつつも、変体漢文のように和訓で作成する部分や、さらに宣命のように音声で唱え上げた部分があるとされている。しかし、一般的に和訓で書写された漢字資料として、『古事記』、『万葉集』、宣命が挙げられ、独特な用字法が見られるが、漢文詔勅とこれらとはあまり比較されて来なかったと言える。

 本発表は、漢文詔勅を始めとする六国史の文章を対象に、その中に使用される漢字・漢語を数例取り上げ、変体漢文や正格漢文との比較を行うことで、その用字法、ひいては文章表記の一部を明らかにするものである。

芭蕉の文章論と四六駢儷文の作法――『三冊子』と『四六文章図』   砂田 歩

 芭蕉の文章論に詩文の影響が認められることは、繰り返し指摘されている。しかし、その影響は、主に詩文集を介したものと理解されているようである。本発表では、芭蕉の文章論には、詩文集、いわば詩文そのものだけではなく、四六駢儷文の作法の影響があったことを論じる。

 はじめに、『三冊子』に見える芭蕉の文章論と、四六駢儷文の作法書である『四六文章図』(寛文六年〈一六六六〉刊)の記述に、類似が認められることを論じる。次に、芭蕉が四六駢儷文の作法に触れたきっかけが、『四六文章図』の著者である大顛や、門人の支考との交流にあったことを論じる。おわりに、四六駢儷文の作法にもとづいた、芭蕉の文章の分析を試みる。

キリシタン版ローマ字本「言葉の和らげ」の語釈中漢語語彙について  

―同時代日本資料との対照を中心に―        中野 遙

 一般に、漢語:和語=難:易の関係にあると考えられるが、漢語の中にも難易の位相は存在する。キリシタン版宗教書付属の語彙集「言葉の和らげ」に於いても、見出し語は漢語が圧倒的に多いが、中には、語釈側に用いられる漢語も存在する。この語釈側に用いられる漢語の中には、「言葉の和らげ」間で共通する例が少なくない。これらの漢語は、更に、キリシタン版語学辞書の語釈や、キリシタン版本文の中でも用例が確認される。漢語の中でも、キリシタン語学に於いて、日本語の釈義に用いる事の出来る漢語であると考えられる。

 本発表では、この漢語語彙が、キリシタン版に限らず、同時代日本資料の釈義の中の漢語語彙とも共通する事を指摘する。ここから、キリシタン版の語釈、特に「言葉の和らげ」の語釈の漢語に、同時代の日本に於いても釈義の中にも使用される、「易」の位相の漢語が見られる事を述べ、「言葉の和らげ」の日本語資料としての位置付けを行う。

上智大学国文学会2024年度夏季大会のご案内

 *夏季大会は盛況のうちに終了しました。

2024年度の夏季大会・総会を下記の要領にて開催いたします。

 今回は、研究発表を四本揃えました。前回の冬季大会はオンラインでしたが、今回は対面開催といたします。

 懇親会も予定しておりますので、どうぞ奮ってご参集下さいますようご案内申し上げます。

   2024年6月  上智大学国文学会会長  服部 隆

              記 

【日時】 2024年7月13日(土) 午後1時30分~

【場所】 上智大学7号館14階特別会議室   

【参加費】 学会員=無料  非会員=1,000円

[研究発表](午後1時35分~)   

〇 『日本書紀』における「与」字と「及」字  

  上智大学国文学専攻博士後期課程   李 明月

〇 六国史漢文詔勅の文章表記の特徴について

  上智大学国文学専攻博士後期課程   王 沁臻

〇 芭蕉の文章論と四六駢儷文の作法――『三冊子』と『四六文章図』

  上智大学国文学専攻博士後期課程   砂田 歩

〇 キリシタン版ローマ字本「言葉の和らげ」の語釈中漢語語彙について

  ―同時代日本資料との対照を中心に―

  上智大学基盤教育センター特任助教  中野 遙

    

[上智大学国文奨学金授与式]

[総会](午後4時四45分~)

 一、役員(会長・評議員)の改選、名誉教授の推薦

 二、2023年度決算

 三、2024年度事業計画・予算案  他

[懇親会](午後5時30分~)  

〔会場〕 上智大学2号館五階教職員食堂   

〔会費〕 4,000円

 

*卒業生の集う機会として、懇親会からの出席も大歓迎です。

*準備の都合上、7月5日(金)までにお申し込みください。

*昨今の社会情勢、諸物価高騰の影響を学会も受けております。ご寄付等のご支援についても歓迎いたします。ご協力いただける際は以下にお願いいたします。

ゆうちょ銀行  〇一九(ゼロイチキュウ)店(019)当座 0075907  上智大学国文学会

お名前と卒業年の入力をお忘れなく

国文学会事務局 [電話・FAX]03-3238-3637 jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp

2024年度夏季大会発表者募集

 夏季大会・総会を7月13日(土)に開催いたします。今回は大学において対面での開催とする予定です。ついては研究発表者を募集します。
 発表希望者は下記を記入の上、5月10日(金)23:59までに、氏名・所属・連絡先e-mail・発表題目(仮題可)・発表要旨(200~400字)を添えて、お申し込みください。


・発表予定時間 30分
・応募先   上智大学国文学会事務局(jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp) 
・理事会にて発表者を決定し、その結果を本人宛てお知らせいたします。

上智大学国文学会2023年度冬季大会のご案内

冬季大会は、盛況のうちに終了しました。Zoomによるオンライン開催でしたが、海外(アメリカ、中国)在住の学会員にもご参加いただくことができました。

 今大会は、全てzoomによるオンラインで開催いたします。参加をご希望の方は、以下のフォームよりお申し込み下さい。開催が近くなりましたらzoom ID、パスコードをお知らせします。どうぞ奮ってご参加ください。

申し込みフォーム(締め切り1月17日(水)23:59)→https://forms.gle/h2LgHSGYVFusiDWK7

【開催日時】2024年1月20日(土) 午後1時30分開始  

[第1部 研究発表](午後1時30分~3時40分) 

〇『遊仙窟』四古抄本における口語の理解度の調査の試み

   上智大学国文学専攻博士後期  石 璽彦

〇本居春庭の活用論再考

   鶴見大学准教授 遠藤佳那子

〇久保田万太郎「ふゆぞら」論―虚子と鏡花を補助線に― 

   上智大学文学部助教 福井 拓也      

 休憩 20分間

[第2部 実践報告](午後4時~5時30分) 

上智大学の全学共通科目―「思考と表現」領域の取り組み

 司会  服部 隆 (上智大学文学部教授)

一、報告

・上智大学の基盤教育と「思考と表現」領域の取り組み   服部 隆

・必修科目「思考と表現」の目標と課題

   中野 遙 (上智大学基盤教育センター特任助教)

   斉藤 みか(上智大学基盤教育センター特任助教)

二、報告者相互および会場からの質問

上智大学国文学会 電話・FAX 03-3238-3637   jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp

上智大学国文学会2023年度冬季大会 研究発表要旨・実践報告概要

研究発表要旨

『遊仙窟』四古抄本における口語の理解度の調査の試み

   上智大学大学院国文学専攻後期課程 石 璽彦

『遊仙窟』は、唐代伝奇小説の代表格であり、汪辟疆氏(1930)が「唐人口語、尚頼此略存(唐人の口語、なお此れに頼ればほぼ存ず)」と口語資料としての重要性を示している。その口語の研究は、許山秀樹氏(1994)、張黎氏(2014、2020)諸氏が既に注目し、諸々成果も挙げられる。

 しかし、『遊仙窟』には、醍醐寺本・陽明文庫本・真福寺本・金剛寺本という四つの古抄本があり、各々に訓読が付けられ、その訓が必ずしも同一ではない。四つの抄本の中に、唐代口語が理解されず、別の意味で訓読が付けられた例も見られる。後の江戸初期無刊記本に至っても、それらの訓読が継承された例もある。

 今日、以上の諸抄本の訓について、口語語彙理解度を注目する研究がまだ存在しない。本発表では、四抄本中の典型的な口語語彙例を取り上げながら、各々抄本の口語語彙理解度の比較調査を試みる。

本居春庭の活用論再考             

   鶴見大学准教授 遠藤佳那子

 本発表では、本居春庭『詞八衢』(文化五年〈1808〉刊)と『詞通路』(文政十一年〈1828〉序)における活用論を再考する。①春庭の活用表には後接要素との関係だけでなく統語論上の枠組みがあると考えられ、春庭が命令形を活用表に設けないのは形態上の不統一のためだけでなく統語論上の問題があること、②春庭の後継者である義門は『山口栞』(天保七年〈1836〉刊)において「転用」という術語を用いて複合語の語構成について論じているが、これは春庭の活用論を体言の側から補完し彫琢するものとして位置付けられること、以上の点について論じる。

久保田万太郎「ふゆぞら」論―虚子と鏡花を補助線に―     

   上智大学文学部助教  福井 拓也

 これまで不思議と注目されてこなかったようだが、近い時期に同じような不安を、高浜虚子は「俳話(二)」(『ホトトギス』明37・2)で、泉鏡花は「ロマンチツクと自然主義」(『新潮』明41・4)で、それぞれ口にしていた。言葉が歴史的に保持してきたコノテーション、それに目を瞑るような文学表現の趨勢に、虚子も鏡花も違和感を覚えずにはいられなかったのである。

 本発表では、二人に共通の不安――それは埋もれてしまっていた近代文学史上のトピックを指し示している――を補助線にして久保田万太郎の小説「ふゆぞら」(『三田文学』大2・9)を読み解いていく。そこから言葉と世界とをめぐるいくつかのスタンスを明晰化し、その歴史的な展開とジャンル布置とのつながりを考察してみたい。

実践報告概要

上智大学の全学共通科目―「思考と表現」領域の取り組み      

   上智大学文学部教授  服部 隆

 本実践報告では、上智大学基盤教育センターの「思考と表現」領域の取り組みを、必修科目「思考と表現」の実施状況と課題を中心に、担当の先生方からご報告いただき、情報の共有を図りたい。

 上智大学では、二〇二一年度に基盤教育センターが発足し、「キリスト教人間学」「身体知」「思考と表現」「データサイエンス」「展開知」の五領域において、二〇二二年度より全学共通科目を提供している。従来から国文学科は、「文章構成法」「国語表現」の二科目を提供していたが、これらは「思考と表現」領域の選択科目として新たに位置づけられることになった。また、「思考と表現」領域では、全学部の必修科目として「思考と表現」という科目を新たに開設し、現在、国文学科卒業生二名を含む特任助教七名の体制で、この科目を運営している。

 本日の実践報告では、この「思考と表現」科目の実際をご報告いただき、その狙いを共有するとともに、「文章構成法」「国語表現」科目との連携を視野に入れながら、今後の課題について考えていきたい。

 上智大学国文学会の会員には、日頃、中等教育・高等教育の現場において、ライティング教育に携わる者も多い。また、国文学科学部生、国文学専攻大学院生の中には、将来、この種の教育に関わる者も多いと期待される。質疑応答を通じて、大学におけるライティング教育の将来について考える機会としたい。

上智大学国文学会2023年度夏季大会案内

大会は予定通り開催されました。

日時:2023年7月1日(土)13:00~

場所:上智大学7号館14階特別会議室

[研究発表]13:00~

『方丈記』五大災厄の章段の語りの性格―連語「かとよ」から考える、『大鏡』との関係―             

 上智大学文学研究科国文学専攻前期課程 小山咲也香

藤原定家『拾遺愚草』釈教「向かはれよ」詠について

 ノートルダム清心女子大学准教授 星野 佳之

[シンポジウム]14:35~

テーマ 「源氏物語の表現の達成」

本廣 陽子(上智大学文学部教授)「複合動詞から観た源氏物語の表現」

石井 公成(駒澤大学名誉教授) 「仏典から観た源氏物語の表現」

藤原 克己(東京大学名誉教授) 「漢籍から観た源氏物語の表現」  

司会    瀬間 正之(上智大学文学部教授)

[上智大学国文奨学金授与式]

[総会]17:20~

[懇親会]18:00~ 会場:上智大学2号館5階教職員食堂

卒業生の方のご参加を歓迎します。
参加を希望される方は、6月26日までにご連絡ください。

国文学会事務局 [電話・FAX]03-3238-3637    jouchikokubungakkai@yahoo.co.jp 

上智大学国文学会2023年度夏季大会 研究発表・シンポジウム要旨

研究発表要旨

『方丈記』五大災厄の章段の語りの性格 ―連語「かとよ」から考える、『大鏡』との関係―

上智大学文学研究科国文学専攻前期課程  小山咲也香

 『方丈記』では連語「かとよ」が、古本系統の大福光寺本で二例、前田家本で三例、 流布本系統の一条兼良本および嵯峨本で四例用いられている。この「かとよ」という語は、『方丈記』の時代には、散文において用例の少ない語であった。また、『方丈記』における「かとよ」は全てが、前半部の五大災厄の章に使用箇所が偏っているうえ、例外なく時を表わす語に付属する形で用いられている。短編である『方丈記』で、二例から四例確認されること、更にその使用形式が全て同一であること。これらに作者の意図を見出すべきではないだろうか。

 本発表では、和歌・歌合判詞・散文における「かとよ」の用例を確認しつつ、『方丈記』において「かとよ」がどのような意味を持つのか、作者がこの語を用いた意図とは何か、考えていきたい。また、用例を調査するなかで、『方丈記』が『大鏡』の文体を踏まえている可能性が見えてきたため、二作品の関係性についても検討を行う。

藤原定家『拾遺愚草』釈教「向かはれよ」詠について

ノートルダム清心女子大学准教授     星野 佳之

 藤原定家『拾遺愚草』雑・釈教所収の「母の周忌に法華経六部みづからかきたてまつりて供養せし一部の表紙にゑにかかせし歌」八首(二七五四~六一)について考察を試みる。

 法華経各一巻に一首を宛がって詠まれたこの八首の内、七巻「向かはれよ木の葉しぐれし冬の夜をはぐくみたてし埋火のもと」については、久保田淳が初句を「報いとなる」という自動詞「ムカハル」の命令形、「埋み火のもと」を詠者定家を育てた母の膝下と捉えて「母への報恩となるように」と解釈したのが通説である。

 これに対し、五句は法華経七巻「薬王菩薩本事品」の「如寒者得火」を踏まえ、初句を「移動動詞ムカフ+尊敬ル」と取って「祖母のもとに往かれよ」と母に呼び掛けた歌という試案を発表した(和歌文学会 令和四年一二月例会)が、その際「他の七首全てに法華経各巻との対応が見出せるか」などの課題が残った。今回改めて考察し、可能であれば八首の構成の理解に及びたい。

 

シンポジウム「源氏物語の表現の達成」趣旨

 物語文学史上、卓越した文学的達成を遂げた源氏物語は、表現の面でもそれ以前の作品とは一線を画し、独自の高度な発展を遂げている。源氏物語は、それ以前の和漢の多くの文学作品や仏教など、様々な要素を取り込み、それを作品内部で変容させて、新たなる作品世界を形成した。その過程で、新しい表現方法が工夫され、新しい言葉が用いられ、源氏以前には到達出来なかった物語表現が生み出されていくことになる。

 本シンポジウムは、漢籍との関わり、仏典との関わり、複合動詞といったそれぞれの方面から、源氏物語の表現を分析し、議論を通して、源氏物語の成し得た表現の達成を考えたい。