『長明集』の表現形成 ―源俊頼の受容を中心に― 小山咲也香
鴨長明が手掛けた作品として著名なものは随筆『方丈記』あるいは仏教説話集『発心集』であるが、彼の文学の出発点は散文ではなく和歌であった。ところが『方丈記』や『発心集』などの散文作品と比較すると、彼の和歌については研究が進んでいるとは言うことができず、青年期に自撰された私家集『長明集』についても、漠然とした特徴が指摘されるに留まっている。本発表では、『長明集』所収の一〇五首の和歌の調査を通して、習作期の長明がどのような歌人、あるいはどのような歌集から表現を取り入れたのか、その和歌表現がいかに形成されたのか、考察を行なっていく。長明の和歌の師である俊恵からの影響が色濃いことは従来指摘されているが、俊恵の影響が認められる和歌の中には、未だ指摘されていないものも存在しており、さらに検討の余地がある。これに加えて、俊恵の父である源俊頼からの影響についても、本発表で明らかにしていきたい。
正宗白鳥「何処へ」と明治四〇年前後の描写論 蒲谷 萌
正宗白鳥「何処へ」は、自然主義の代表的作品として位置付けられている。先行研究では、旧世代への批判性が評価されている。一方で、「何処へ」の主人公は、旧世代的価値のみならず、同時期の文壇において地位を持っていた表現についても批判的な態度を取っている。そうした記述には、旧世代に向けられた批判とは異なる意義を想定できる。こうした問題意識を前提に本発表では、明治四〇年前後の文学論・描写論との関係から、正宗白鳥「何処へ」の意義を検討する。
トゥールーズ図書館新出資料のキリシタン版『日葡辞書』に関連する資料群について
―日葡辞書補遺篇草稿と日本語語彙集手稿―
中野 遙
二〇二四年にフランスのトゥールーズ図書館(Bibliothèque d’étude et du patrimoine)で新たに発見された断簡類の中には、キリシタン版『日葡辞書』(一六〇三・一六〇四)に関連する資料と目されるものが含まれている。日葡辞書補遺篇版本の直接的な原稿にあたる資料と考えられる日葡辞書補遺篇草稿と、日葡辞書の前に成立していたと推定される日本語語彙集手稿である。本発表では、これまで明らかにされてきた、日葡辞書に関わるトゥールーズ図書館新出資料についての情報を整理する。
そのうえで、特に注記類に着目しながら、日葡辞書補遺篇版本、日葡辞書補遺篇草稿、そして日本語語彙集手稿について対照する。それにより、草稿から版本への編纂の段階について、また、前者二つの資料と比較した時の語彙集手稿の特徴を指摘する。語彙集手稿は記述の内容・方針も、前者二つの資料とは大きく異なっているが、一方で、特殊な位相の見出し語の立項など、日葡辞書版本との関わりが全くない資料とも言い切れないものである。