中古・中世における複合辞の文法機能 ―「ニオイテハ」「ニツケテ」を中心に
女子聖学院中学高等学校国語科特任教諭 菅 のの香
「ニツイテ」・「ニヨッテ」といったいわゆる「複合辞」は、現代語を中心に研究が進められてきた。本発表では、中古・中世の古典語において、「複合辞」がどのような文法機能を持ち、文章中でどのような役割を担っていたかを明らかにしたい。
調査対象は、現代語で「複合辞」等とされている詞と形態が一致するものと、ロドリゲス『日本大文典』においてそれらの詞と同列に扱われているものとする。それらの役割は、構文上の区別が可能である。連用修飾句を形成する複合辞は、準体を承けることができるが、題目提示の複合辞は、必ず体言を上接し、準体を承けることができない。また、それらの役割と出現状況は文体差に左右される。題目提示の複合辞について、中古では、「ニツケテ」が和文に「ニオイテハ」が和漢混淆文に用いられるといった棲み分けが見られるのに対し、中世以降の口語体では、「ニオイテハ」のみがその役割を担っている。
助詞シの変遷について
ノートルダム清心女子大学准教授 星野 佳之
助詞シについては、①「主節内での単独用法」(奈良の明日香を見らくシ良しも、万葉99)は上代を限りにほぼ失われ、中古以降②「主節内で他の助詞と複合する用法」(汝をシゾあはれとは思ふ、古今904)」か、③「順接条件節内に立つ用法」(植ゑシ植ゑば秋なき時や咲かざらむ、古今268)のいずれかに収斂していくことが『あゆひ抄』以来明らかとされている。
その上で研究史は「助詞「し」の説―係機能の周辺―」川端善明(1962)や『日本語文法大辞典』「し」の項、野村剛史(2001)など、構文的性質の解明に重点が置かれてきたが、近年、形容詞文に立つシの表現内容を「対象の像の明瞭化」と限定的に記述する「助詞シと形容詞文」栗田岳(2020)が発表された。シの目立たない表現価を改めて問う重要な試みとしてこれを踏まえつつ、本発表では「かつがつも最前立てる兄をシ枕かむ」(神武記)等についてより具体的な記述を試み、ここからシ衰退の過程を再度検討し直したい。
『源氏物語』の複合動詞
上智大学文学部准教授 本廣 陽子
『源氏物語』の文章は、一つの文や一つの言葉に、より多くの内容や様々なニュアンスが込められ表現されるという特徴を持つ。そのような文章の一角を担うのが複合語であり、この使用によって意味内容を圧縮した文学的表現が可能になっていることが従来指摘されてきた。加えて、『源氏物語』の複合語の背景に、漢文の訓読語や歌語の存在があることが指摘されている。一方で、『源氏物語』において、複合語が訓読語や和歌とどのように関わっているのかを具体的に明らかにしたものは少ない。
本発表では複合語の中でも複合動詞を取り上げたい。そして、『源氏物語』の複合動詞を特に和歌との関係において考察することを通して、『源氏物語』における複合動詞の在り方の一端を明らかにしたい。