平成30年度冬季大会 要旨

上智大学国文学会 平成30年度冬季大会要旨

標記は、次の通りです。

大会プログラムこちらです。

平成三十年度冬季大会発表要旨

芥川龍之介「玄鶴山房」論―「看護婦」「ゴム印」の同時代表象をめぐって―  木村 素子

 

芥川龍之介晩年の作品である「玄鶴山房」(昭和二年)は、芥川自身が書簡において提示した「新時代」意識を探る考察が中心に行われてきた。その際、作中に登場するリープクネヒトの『追憶録』に描かれた家族と作品内の家族との比較や、「看護婦」甲野とは何か、また、「ゴム印の特許」と玄鶴との関係などが問題として追究された。

本発表では、それらの論を踏まえ、「看護婦」と「ゴム印」に焦点を合わせて考察を試みる。「看護婦」という職業は、大正四年から有資格者のみが就業できる規則が整えられたにも関わらず、世間からは軽視されていたという当時の社会状況を踏まえることや、「ゴム印」が同時代においていかなる状況にあったのかを考えることによって見えてくる作品の問題性を検討することとする。

 

夢〉を視る《神経》―谷崎潤一郎「柳湯の事件」をめぐる考察         村山 麗

 

谷崎潤一郎「柳湯の事件」(大正七年十月)は、長年極度の「神経衰弱」を患う絵描きのKが、恋人の瑠璃子を「ヒステリー」に罹っていると思い込み、その恐怖から見た「幻覚」によって引き起こした殺人事件とその自白を描いた作品である。先行研究では、その神経病表象を取り上げ、当時の精神異常者をめぐる法制度との関係の追究や、雑誌『変態心理』等同時代のメディアにおける神経病言説に基づく分析がなされている。これらの論は、作品をめぐる同時代資料を提出した点において注目される。

しかし、本発表では作品における「神経衰弱」が、「幻覚」を視るという特徴を持っている点に着目し、この作品が独自の《神経病》表象を有していることを明らかにし、文学における同表象の史的展開の上に位置づけたい。

 

シンポジウム概要

古典学と仏教学                          

瀬間 正之

仏教を措いて古典文学を語ることは不可能であろう。上代文学においては、仏教思想の影響は軽微とは言え、仏典を利用した表現は多々指摘されている。また、日本霊異記をはじめとする仏教説話集は、その重要な編纂意図の一つにまさしく唱導・伝道があった。中古となれば、仏教は民衆へ浸透を見せ始め、「宿世」「罪」は源氏物語の重要な題材となる。中世以降、平家物語・徒然草・方丈記などはまさしく仏教なしに語ることは出来ない。以後多くの古典文学が仏教の影響下にあることは言うまでもない。

また、古典研究への影響も見逃せない。一条兼良の古典研究の背景には、宋学はもちろんのこと、禅学の深い造詣が認められる。客観的方法による古典研究もまた悉曇学の研究方法を学んだ阿闍梨・契沖の創始になることは周知の通りである。

今回のシンポジウムは、仏教学研究者と古典文学研究者を招き、仏教学研究者から観た古典文学、古典文学研究者から観た仏教をそれぞれ語ってもらい、その後の討論の糧としたい。